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『南アルプスを学ぼう』の教育での活用について

1.はじめに

 「南アルプスの宝箱たからばこ」では、南アルプスの生物、自然環境、伝統文化を対象とした小中学生向けのクイズ形式の学習問題「南アルプスを学ぼう」のサイト(以下、「このサイト」という。)が用意されています。 中学生向けのクイズは、高校生にも手応えのあるレベルになっています。また、学校教育だけでなく、環境関連などの一般的な講座などでも活用いただける内容です。 ユネスコエコパークには、教育への取り組みが求められますので、教育に携わる皆さんにはぜひこのサイトを活用していただければと思います。

 このサイトのコンテンツは、南アルプスに関する幅広い事柄を網羅していますので、総合の時間などで従来から行われている調べ学習には多目的に活用できます。さらに、主体的に学習に取り組む態度を育成する探究にも活用されるように工夫をしています。 南アルプスは静岡県の代表的な自然環境のひとつですが、現地に行って活動することが簡単ではないため、学校教育での探究で扱うにはややハードルの高い対象です。 このサイトを利用すれば、南アルプスを対象とした探究を教室内で実施することができ、子どもが南アルプスを探究するテーマを自らみつけるサポートにもなります。 活用の仕方は様々に想定されますが、ここでは基本的な考え方と方法について解説します。

2.探究での活用

 探究でのこのサイトの活用方法は一様ではありませんが、学校教育における探究の基本的な過程に沿って、「課題の把握」、「課題の探究」、「課題の解決」の順に学習を進める方法を説明します。また、「指導の留意点と評価」についてもふれます。

課題の把握

 このサイトの最初のテーマ「南アルプスとは」では、南アルプスの地理や環境とユネスコエコパークに指定されていることについて大まかに学ぶことができます。 そこで、サイトを利用した探究の時間では、その時間のめあてを指導者が簡潔に説明した後、テーマ「南アルプスとは」に取り組むことで探究への導入を行えます。また、操作を練習するテーマも用意してあります。

 導入を行った後は、このサイトが用意しているテーマのひとつを選んで取り組むことで、課題の把握に取り掛かります。 どのテーマを選ぶかについては、子どもの関心に沿って自由に選ぶことが基本ですが、探究を行う教科や前後の学習内容によっては指導者がテーマを指定してもよいでしょう。

 各テーマには「指導者向けガイド」を用意しており、テーマで探究する「ねらい」、「特徴」、「注目してほしい設問」、「到達点」を解説していますので、指導者がテーマを指定する際や子どもが取り組んだテーマの内容を検討する際に活用して下さい。 また、各テーマには、参考までに関連する教科も表示してあります。

課題の探究

 このサイトでは、用意されたテーマを子どもが自由に組み合わせて取り組むことができます。 テーマの途中には、他のテーマに移る分岐がいくつかあり、テーマの終わりでは他のテーマを続けて取り組むことはできるようになっています。子どもは、取り組んだテーマの内容から新たな関心が生じた場合には、それに応じたテーマに続けて取り組みます。

 例えば、図の例1では、導入の「南アルプスとは」に取り組んだ後、森に関心をもったので「豊かな森と環境」に取り組んで森林限界のことを知ったことをきっかけに、高山植物への関心を強めて「高山植物にせまる危機」に取り組んで高山植物に保全が必要な現状を知ることに到達しています。 例2では、導入から気候、植物のテーマを経て、最後にはライチョウに関するテーマに取り組んで、高山を代表する鳥の生態や保全にまで探究を深めています。 例3では、「ライチョウを知ろう」に取り組む途中で、ライチョウの生態に関わる植物に関心をもったためテーマの途中で「たくましく生きる植物」を学んだ後、「ライチョウを知ろう」の元の設問にもどって探究を続けています。

 このように、自分が関心をもてる課題を発見してその探究に取り組む過程を、多様なテーマの組み合わせで体験することができます。

課題の解決

 各設問には解説があり、テーマの最後にはテーマをまとめる解説を読むことができます。子どもは関心に従って取り組んで到達したテーマのまとめを読むことで、最も関心をもったテーマについて一応の解決にたどり着くことができます。 ただし、テーマのまとめは完全な解決にはならず、主体的に次の課題に取り組むきっかけとなるものです。 例えば、「高山植物にせまる危機」では高山でのニホンジカの活動増加が高山植物を衰退させていることを知りますが、ニホンジカが高山で活動するようになった原因についてはいくつかの説の簡単な紹介に留めているだけですので、その理由を知りたくなった子どもはこのサイト以外の方法で調べることになります。

 このようにこのサイトで関心をもった事柄について、書籍や他のサイトなどでより深く知ろうとする態度が現れれば、探究としては大きな成功と言えるでしょう。

指導の留意点と評価

 このサイトを利用した探究では、より多くの設問に解答するよりも、南アルプスに関心をもつようになること、南アルプスのことを自分で調べるようになることが大切です。 子どもは解答した問題数や正答率を競いがちですが、それらが優先されると各設問の解説やテーマのまとめを読まずに次々と設問に解答することになってしまうので、探究を始める前にそうならないように指導することが効果的です。 また、各設問に用意されているヒントも活用するように指導して下さい。ヒントを活用することで、設問の内容についての知識がなくても考えて正解をみつけることができるようになっています。

 評価の仕方に標準はありませんが、上記のように問題数や正答率で評価するのではなく、次のような点を評価するとよいでしょう。

  • 複数のテーマに取り組んだ流れがあるか
  • まとめに到達できたかどうか
  • みつけた課題を深く知ろうとする態度が現れたか

 このサイトでは、指導者による評価を支援するために、各自が取り組んだ探究の流れ(テーマの順番や各設問の解答状況)を指導者が把握できるようにしてありますので、静岡県自然保護課(連絡先下記)にご連絡ください。

3.おわりに

 自然を対象とした探究では、実際の環境や本物の動植物などを観察・観測することが望ましいですが、それが難しい対象については探究の選択肢から外す場合もあるでしょう。 ICTの活用が進むこれからの教育では、そのような対象についてもオンラインで得られる情報を活用して探究できるようになってゆくと予想されます。 その際には、子どもに探究してほしい対象の中から正確な情報を利用できるものを選ぶことが大切になります。

 南アルプスは、静岡県を代表する貴重な自然のひとつであるだけなく、希少な野生生物の保護、環境変動に対応した保全の仕方、地域の産業・文化との結びつきの姿など、社会的に広く考えてゆくべき課題をもっています。 それらの課題は長期的に取り組む必要があるものばかりですので、静岡県が運営するこのサイトを活用した探究によって、多くの子どもが南アルプスに対する関心を高め、その課題に気づくようになることは、静岡県の自然環境や人々の生活にとって大きな意義があると言えます。

4.参考

この解説では下記の文献等を参考にしています。

  • 原田和雄、松川正樹、吉野正巳、犀川政稔、佐藤公法、林慶一、長谷川正.研究者の研究過程を考慮した理科の探究活動とその指導の在り方.科学教育研究 45(3): 316-330.2021
  • 門倉松雄.理科における問題解決学習と探究学習 ― 理科授業における問題解決型学習と探究的な学習の 今までとこれから―.教師教育リサーチセンター年報 10: 57-65.2020
  • 文部科学省.中学校学習指導要領 平成29年告示. 2017
  • 文部科学省.中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 理科編. 2017
  • 文部科学省.高等学校学習指導要領 平成30年告示. 2018
  • 文部科学省.高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編. 2018
  • 村山功.学習指導要領に基づく授業づくりの課題 − 現行及び次期学習指導要領の比較 −.静岡大学教育実践総合センター紀要 27: 70-77.2018
  • 尾田雄祐.効果的なICTの活用による思考の振り返りを重視した高等学校理科の授業づくり -思考を整理して再構築する力の育成を目指して-.滋賀県総合教育センター 令和3年度(2021年度) 理科教育に関する研究.2022

*この解説は、静岡大学教育学部小南陽亮教授が作成した原案から編集・作成したものです。

問合せ先
静岡県くらし・環境部 環境局自然保護課
E-mail
電話
054-221-2963
FAX
054-221-3278